メープルスイーツコンテスト受賞者を巡る【1.野口ゆきえさん:前編】
第10回(2015)グランプリ受賞者「ジャヌ東京」ペストリーシェフ 野口ゆきえさん
クリスマスリースの形が独創的なシュトーレンで「メープルスイーツコンテスト」第10回大会のグランプリを受賞された野口ゆきえさん。
2015年の受賞当時は「シャングリ・ラ ホテル 東京」にお勤めでしたが、それから10年の間に沖縄や日光など日本各地のラグジュアリーホテルにてペストリーシェフを歴任。そして今年3月には、麻布台ヒルズにオープンした『アマン』の姉妹ブランドホテル「ジャヌ東京」のペストリーシェフにご就任されています。
前編は、これまでのご経歴と、メープルスイーツコンテスト当時の思い出についてのインタビューをお届けします。
これまでのご経歴
ー 話題のホテル「ジャヌ東京」のペストリーシェフに野口さんがご就任されたと知った時は、社内が沸き立ちました!現在ホテル業界で大活躍中の野口さんですが、まず調理・製菓の道に進まれたきっかけと、これまでのご経歴についてお伺いしたいと思います。
幼稚園のころから、母の手伝いでよくお菓子作りをしていました。蒸しパンとかクッキーとか、誰かがお誕生日の時にはケーキを焼いたり…
自分で食べるのも好きなんですが、お菓子を食べるとみんなが笑顔になってくれるのが嬉しくて。その経験がパティシエを目指したきっかけになっています。
最初に就職したのがホテルでした。そこでウェディングの仕事も経験させてもらいました。ウェディングって1番楽しい瞬間じゃないですか。そういう幸せの瞬間に携われる仕事に魅力を感じましたね。
そのあと、最新の味や技術を勉強をしたくて、お菓子作りに力を入れている路面店に移ったんです。
「クリオロ」ではサントス・アントワーヌシェフの元でお菓子教室のアシスタントも担当しました。
同世代の同僚たちと切磋琢磨しながら働いて…そして、やっぱりもう一度ウェディングの仕事に戻りたいという気持ちが出てきて、またホテル業界に戻ってきました。
ー こちらにご就任される前にも、沖縄や日光など、日本各地のホテルを飛び回っていらっしゃいますね。
沖縄には「これまでにまだ見たことのないフルーツがあるはずだ!」と思って行きました。フレッシュのアセロラとか島バナナとか、この辺りでは出会えないフルーツがたくさんあって面白かったですね。
栃木ではホテルの近くの農家さんをよく巡っていました。ぶどう農家さんのところで1日お手伝いをさせていただいて、間引き作業を一緒にやりながら生産者ならではの食べ方を教えてもらったり…。そこで得たものをレシピに活かしていましたね。
美味しい素材を探して、それが本来持っている良さを活かしたい。旬のものを旬のうちに食べていただきたい、という想いはいつも持っています。
ー 野口さんはこれまでに数々のコンテストでの受賞歴をお持ちです。路面店時代からコンテストには積極的に挑戦されていたのですか?
いえ、コンテストへの参加は「シャングリ・ラ ホテル 東京」に移ってからですね。
自分だけではなく他の人が食べても美味しいものが作れているのかが知りたくて、挑戦しはじめました。経験豊富なシェフの方々に、自分の作ったものが本当に美味しいのかを判断していただきたいと思ったんです。
ー これまで参加されたコンテストでは、洋菓子の枠にとどまらず、パンや和菓子でも受賞されていますね。
パティシエだから洋菓子だけをやる…というんじゃなくて、いろいろなことを常に勉強し続けたいと思っています。今でも料理のシェフに「これどうやるんですか?」と聞きにいったりすることもあるんですが、いろいろな分野を勉強することで幅が広がって、それがお菓子作りに活かせることも多いですね。
メープルスイーツコンテスト当時の思い出
ー 第10回大会では、野口さんは「洋菓子部門」ではなく「パン部門」でのご参加でした。「パン部門」で出品された理由や、作品を開発する中でご苦労されたことなどをお伺いできますか?
まず「メープルでシュトーレンを作ったら絶対に美味しいだろうな」という発想があって、シュトーレンを出すならパン部門だろうということで、パン部門での参加になりました。
最初に焼いてみた時には、メープル特有の風味がなかなか出てこなかったですね。メープルシュガーを入れたマジパンの部分だけがメープルの味がする感じになってしまって…。
その解決法として、ロールケーキのようにマジパンをくるくる巻いたら、どこを食べてもその部分に当たるようになるのではないかと思いついたんです。
実際やってみたら、メープルの味わいをしっかり出せるようになりました。
ー リングの形状も斬新ですよね。
クリスマスに食べるものならリースの形もいいなぁと思って、この形になりました。
マジパンを巻き込んだ効果で全体的にしっとりとするようになってくれて、口の中でパサつかないシュトーレンができあがりました。
ホテルの仲間に食べてもらった時も好評で、これはいける!と。
受賞作は「シャングリ・ラ ホテル 東京」のアフタヌーンティーで出したり、実際に販売もして、かなり人気がありました。
ー 実技審査の時にはスムーズに制作できましたか?
そうですね、時間は比較的余裕で。ただ、試験会場の厨房やオーブンが全部パン仕様だったので、パン職人の人たちが「このオーブンはバケットだったら何度・何分で焼ける釜ですか?」みたいに質問しているんですけど、私は普段パンの窯を使っていないので、それを聞いて「そうなんですね〜」と言いながらも、分からないままに焼いていました(笑)。
ー そんな厨房設備上の事情がある中で、見事グランプリを受賞されました!
今でこそ人気のシュトーレンですが、10年前は日本では今ほどメジャーではありませんでしたよね。その時代に、甘みが強い印象があるシュトーレンをメープルを使って食べやすく仕上げていただいたことに、野口さんの先見の明を感じます。
メープルシュガーを使ったことでやさしい甘さになってくれましたね。
そもそも私、甘過ぎるものが苦手で。きび砂糖とかメープルシュガーは、甘みがやさしいので今でもよく使っています。
以前はお砂糖でいいじゃんと思っていたこともあったんですが、「そういえば私って甘さ控えめが好きだったな」と思い返してからは、だんだんと”砂糖を減らす”のではなくて”甘味料の種類を変えていく”という発想になっていきました。
コンテストの時に初めて大粒のメープルシュガー(※デコレーションタイプ)に出会ったのですが、あれがすごく好きなんです。シュトーレンのトッピングにも使いました。この粒があることでメープルの味わいをしっかりと出すことができて、なおかつ後まで残らないすっきりした甘さになりました。
ー 当コンテストのように、単一の素材にフォーカスしたコンテストならではの魅力は感じられますか?ジャパンケーキショーなどの総合的なコンテストとはまた違う視点が求められるかと思いますが…
総合的なコンテストとはやっぱり全然違いますね。私はこういう素材が指定されているコンテストの方が、実は好きなんです。「この素材をどう活かすか」とか「何と合わせたら美味しいか」を考えたりするのが楽しくて…
ー コンテストに出場された方々とは今でも交流はありますか?
一緒に出場した方々とはInstagramで繋がっていて、たまに近況報告をしたりしています。パン職人さんとの繋がりもできました。
また、先日「ジャヌ東京」と親会社が同じ「グランドハイアット 東京」に行く機会があって、私が出場した時にコンテストの審査員だった本田修一シェフ(ベーカリー料理長)に偶然お会いしたんです。さすがに忘れていらっしゃるかなと思って「メープルのコンテストで審査していただいた野口です」とお声をかけたら、うれしいことに覚えていてくださっていました!
これからコンテストに参加される方へのメッセージ
ー メープルスイーツコンテストは今年5年ぶりの開催となります。
受賞者として、これからコンテストに参加される方にメッセージをいただけるとうれしいです。
メープルシロップはグレードによって味が全く違ってくるので、そういうことを勉強する意味でもコンテストは大切だと思います。
勤め先の厨房に置いてあるメープルの味しか知らないと、知識や経験がそこで止まってしまうんですけど、コンテストに出ることになったら、他のグレードを試してみて合う素材を考えたり、アイデアがいろいろ湧いてくると思うんです。
自分でお店をやっていないとケーキってなかなか考える機会がありませんが、コンテストでは自分の好きなように考えて試行錯誤ができるので、今後の自分のためにもなると思います!
後編では、「ジャヌ東京」での野口さんのお仕事や、ヴィーガン・グルテンフリーなど新しい領域への挑戦についてお伺いしていきます。
野口ゆきえさんのグランプリ受賞作品「ケベックのクリスマス」のレシピを公開しています。こちらをご覧ください。
インタビュー / 三好 晶、近藤 智美 文 / 近藤 智美 写真 / 角南 美紗貴(1枚目)、小寺 恵(2〜5枚目)